マンボとは?
マンボは、1940年代にキューバで生まれ、その後ニューヨークで人気を博した音楽とダンスのスタイルです。時にはニューヨークスタイル・サルサを指す場合もあり、社交ダンス(ボールルーム)では独立したカテゴリーとして扱われています。
マンボは「rumba(ルンバ)」と同様、時代や文脈によって意味が変化してきた言葉です。
「マンボ」の意味
「マンボ」は中央アフリカのキコンゴ語に由来し、「神々との対話」という意味があります。
マンボの歴史
マンボの起源はキューバのハバナにあり、特にダンス音楽の「ダンソン・デ・ヌエボ・リトモ(新しいリズムのダンソン)」として始まりました。1938年にOrestes LópezとIsrael “Cachao” López兄弟により「マンボ」と名付けられた作品が発表され、このセクションがジャンプ感と即興性を高める重要な要素になりました。
その後、ピアニスト兼アレンジャーのダマソ・ペレス・プラードがマンボをビッグバンドのスタイルで世界的に広め、1950年代には「マンボ熱」と呼ばれる現象を巻き起こしました。その代表曲には「マンボ No.5」や「マンボ No.8」があります。
マンボとパラディウム
ニューヨークの伝説的ダンスホール、パラディウムボールルームはマンボの人気を決定づけた場所でした。ティト・プエンテ、ティト・ロドリゲス、マチート(ビッグスリー)をはじめ、Cuban Pete(ペドロ・アギラル)やMillie Donayなどが、アクロバティックな動きを取り入れたマンボダンスを披露しました。
マンボ vs サルサ
サルサは多くの場合マンボの進化系と見なされ、同様のステップや動きが多く含まれています。特にニューヨークスタイル・サルサ(on2)は、マンボと密接な関係があります。
伝説的なダンサー、Eddie Torres(“Mambo King”)をはじめ、マンボのステップやスタイリングをサルサに取り入れる動きが広がっています。
ボールルームダンスにおけるマンボ
社交ダンスでは、マンボはAmerican Rhythmに含まれる一つのダンススタイルで、チャチャ、ルンバ、東海岸スウィング、ボレロと並んで演じられます。ここではon1タイミングでサルサ音楽に合わせて踊られるのが一般的です。